鈴木大介 『最貧困女子』

最貧困女子 (幻冬舎新書)


今や働く単身女性の3分の1が年収114万円未満。中でも10~20代女性を特に「貧困女子」と呼んでいる。しかし、目も当てられないような地獄でもがき苦しむ女性たちがいる。それが、家族・地域・制度(社会保障制度)という三つの縁をなくし、セックスワーク(売春や性風俗)で日銭を稼ぐしかない「最貧困女子」だ。可視化されにくい彼女らの抱えた苦しみや痛みを、最底辺フィールドワーカーが活写、問題をえぐり出す! 

鈴木大介 『最貧困女子』読了。

なんだこれは。どうしたらいいんだ。
あまりにも八方塞がりの現実に、頭を抱えることすら出来ず呆然とする。
読んでいる間ずっと、活字で出来たハンマーでボコボコに殴られてる感があった。

フィクションややらせであったならどんなにか良かったか、と思うような事例ばかりで
正直気が滅入ったが、今もまさにこういう状況で生きている人が現実にいるのだ。
 
著者の鈴木氏にしても、 取材をした女性たちの惨状を目の当たりにして

 聞き出したいことは尽きない。だが、この20余名という少数への取材をした後、僕はこのテーマでの取材を一切していない。というか、できなくなった。
 ここで懺悔するならば、僕は逃げたのだ。彼女らを取り巻く、圧倒的な不自由と、悲惨と壮絶から、僕は尻尾を巻いて逃げ出した。そこにあったのは、考えても考えても救いの光がどこにあるのか分からない、どう解決すればいいのか糸口も見えない、そんな、「どん底の貧困」だった。  (p56)

と、思考停止とも受け取れる弱音を吐いている。
それはそうだろうと思う。
彼女たちの置かれている状況を知って、なんとかならないのかとは思っても、
何をどうしたらいいのかわからないし、正直に言って、別世界の話だという
傍観者の位置から踏み出すことはできない。

それでも、“(そういう女性たちがいることを)知らないでいたほうが良かった”
とは思わないし、鈴木氏の狙いもおそらくそこにある。

鈴木氏は、自分はルポライターであって行政の人間でも専門家でもないから
具体的な救済方法を考えることは出来ないと言うが、
それでも本書の目的はいくつかあって、

・貧困女子の中でも特に存在が見え辛い、セックスワークに従事する
最貧困女子を可視化すること。
・救済が必要な彼女たちが差別や批判の対象になることを防ぎ、
あまりにも無理解な第三者の「自己責任論」を封じること。

この2点については、確実にこの本による効果はあると思う。

わたしは、世のありとあらゆる差別は“無知”から生まれると思っているが、
これを読んでいて、わたし自身、性風俗や貧困の中にいる人たちに対しての
ぼんやりとした偏見や誤解があることに気づかされて、
「理解しているような気でいる」のも、“無知”と同じくらい罪深い事だなと思った。


少し前に、TLでとても話題になったブログ記事がある。
大変感銘を受けた。


誰かのことは永遠にわからない(けれども諦めたらそこで試合終了だよ) 
 - 腐ハウスブログ
http://fuhouse.hatenablog.com/entry/2015/04/13/184022


多分、本当にわからないのだろう。
そして私にもわからないことがたくさんあるのだろう。
多分、私も、自分がマジョリティとして当然に享受していることについてはあまりにも鈍感に生活しているんだろうと思う。
駅の階段を苦もなく上り下りできることとか、特に違和感なく性別欄に「女」と書けることや、私のパスポートが何の葛藤もなく日本のものであることとか。
そういうことに、せめて、なんというか、「私は気付いていない」ということだけでも、思っていられたらと思う。


わからなくても、気づいていなくても、差別に加担するような真似はしたくないし、
知らないからといって、自分がいる場所や自分の価値観が正しいと傲慢になったり、
正論を振りかざして他人を追い詰めたりするようなことはしたくないなと思った。
切実に。






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