夏のルール


きょうだいがいる人もいない人も大人も子供もみんなの心にじん、と残る『アライバル』『遠い町から来た話』のショーン・タンが描くあたらしい夏のものがたり。


見開きのページの左側に短い一文、右側に絵。
ページひとつひとつが、絵画であり物語であり、映画のワンシーンのようでもある。

この人の描く絵はどことなく物悲しいというかうら寂しいというか、
なんともいえない独特の雰囲気があって、何時間でも見ていられる。


社会のルールや善悪に関して無知で曖昧だった子供の頃、
子供なりにいろんなルールに従って生きてたような気がする。
ショーン・タンの絵に引きずられるように、子供の頃のマイルールを思い出した。



夜の闇から這い出てくるかいぶつに手足を齧られないように、
寝る時は絶対に布団の外に手や足がはみ出さないように気を付けてたし、
横断歩道の黒いところには鰐がいるから絶対に踏まなかった。
(鰐はみんなしましまで、紫と黄色のしましまのやつが一番つよい)

赤いクレヨンと黒いクレヨンが画用紙の上で混ざるとおなかが痛くなる。
ちょうちょ結びがトンボになった日は妖精が靴の上にいるので走らない。
次の月が来る前にカレンダーを破ってしまうととてもよくないことが起きる。
スキップしている時に猫が現れたら、それは魔女の使いなのでついて行ってはいけない。


今思うと、何がどうしてそんな事を真剣に信じていたのかと思うけど
たぶん子供なりに、大人や世間から押し付けられる理不尽なあれこれと
折り合いをつけるために必要なルールだったのかなあ。


夏休みがない大人でも(・・・)本を開いている間は、
知らない国に旅行に行ってるかのような、心地よいトリップ感が味わえる。
とにかく絵がすばらしすぎる~(*⁰▿⁰*)
『遠い町から来た話』も好きです。『プリティ・モンスターズ』の挿絵もすてき。


遠い町から来た話
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朝食、昼食、そして夕食 [DVD]


街角にたたずむストリート・ミュージシャン、エドゥ(ルイス・トサル)のギターでサンティアゴ・デ・コンポステラの朝が静かに始まる。
前夜から呑み続け、そのまま朝食に突入する2人の男、おなかをすかして市場のチョリソを盗むマケドニアの青年、兄にゲイであることを隠し通そうとする弟、現れない恋人のために、ひたすら料理を作り続ける脇役俳優、沈黙の中で質素な食事をする老夫婦…。
エドゥは歌う。「すべて失敗、何もうまく行かない」そこに、昔、愛した女性から突然、昼食の誘いが入り…。
誰かの朝食で始まった物語が、誰かの昼食で思いがけない展開をみせ、誰かの夕食へとつながっていく。何気ない1日3食、それは人生の味を変えるチャンス。 


スペインの巡礼路の終着地、サンティアゴ・デ・コンポステラが舞台のオムニバス。
行ってみたいなと思ってた街なので、去年公開されてた時に行こうかどうか迷って
結局観そびれてたやつ。

予告やレビューなど前情報は一切知らずに観て、なんとなく、たるーーーとした
「考えるな感じろ!」系かと勝手に思ってたら意外とちゃんとストーリーあった。

兄にゲイであることを隠している弟とか、それに気づいて苛立ちを隠せない兄とか、
夫と子供と不自由ない生活のなかで孤独と寂しさを募らせて、昔の恋人(未満)に
電話しちゃう人妻とか、すれ違う恋人たちとか、とか、
まあありきたりな悲喜こもごもなオムニバスなんだけども、ドキュメントか?ってくらい
演技や編集が自然なので、鼻につくスカした感じがなくてよかった。

老夫婦がただひたすら食事するシーンが、台詞がいっこもないのに
すごく印象に残った。

ほとんどが室内のシーンなので期待してたほど街の景色はなかったのが残念だったけど
ごちゃごちゃ考えず観れるので日曜の午後にだらっと観るには最適でした。










愉楽


真夏に大雪が降った年、障害者ばかりの僻村・受活村では、レーニンの遺体を購入して記念館を建設し、観光産業の目玉にするという計画が始動する。その資金を調達するため、村人たちの中から超絶技能を持った者が選抜され、旅の一座を結成する。飛ぶように走る片脚の青年、下半身不随の刺繍の名手、微かな音も聞き分けるめくらの少女…。激動の20世紀を背景に繰りひろげられる狂躁の日々。想像力と現実が混淆する魔術的物語。中国社会の矛盾を撃つ笑いと涙の大長篇。フランツ・カフカ賞受賞。

閻連科 『愉楽』読了。
(原題: 受活    谷川毅訳)

第5回Twitter文学賞、海外編第1位。
すさまじかった。
上下二段組438ページの長編だが、あっという間に読み終えた。
マジックリアリズムには違いないのだが、エンターテイメント成分が多いので
ドノソなんかに比べるとだいぶ読みやすい。

まず受活村の成り立ちでキュッと首根っこを掴まれ
四人組の「姚は文学界のチンピラ姚文元のことだ。」で爆笑し、
気がつけば、読者を引き込む手法と外連味たっぷりの文体にあれよあれよと
没頭させられる。訳者の方の手腕もあってこそだろう。

中国の作家というと、莫言と高行健、最近だと遅子建くらいしか碌に読んでないのだが、
なんというか、世界は広いなあ、とごく当たり前のことを思った。

世の中にはまだ、日本語には翻訳されていない、これからもされることのない、
そういう作家が山ほどいて、その中にはドノソや閻連科のような作家や、
もっと未知の作家の作品が山ほどあって、
彼らの名すら知ることなくわたしは死んでいくんだなと。

翻訳されてたってまだまだ読んだことのない作家のほうが多いわけで、
うわー死ぬまでにあとどれくらい本読めるのかな、などと
徹夜明けに思わずメメント・モリってしまうくらいには衝撃的でした。

TLでも定期的にガイブン売れないと話題になりますが、こういう作品に出会うことは
本当に重要だしありがたいと思うので、出来るだけ応援したい。

書店員「海外文学が売れないのは値段の問題?」出版社「お返事します」



蛇足ですが。
こういう作品に出会うために本を読んでるのだ、としみじみした翻訳作品。


漂泊の王の伝説
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ラウラ・ガジェゴ ガルシア
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読書メモはこちら
翻訳2作だけなんです・・・。もっと、もっと読みたいよ~(´;ω;`)


ジュリアとバズーカ
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アンナ・カヴァン
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読書メモはこちら
『氷』が文庫化されました。絶望孤独四面楚歌なのは容易に想像できるので
心に余裕があるときに読みます。


おわりの雪 (白水Uブックス)
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読書メモはこちら
子供の頃からずっと本を読んでいると、ときどき、読書の神様がプレゼントを
くれる時がある。これがそれだった。








How to Train Your Dragon 2 ヒックとドラゴン2[リージョンAB 日本語収録][フランス版]


フランス版Blu-rayを美容師さんからお借りして観ました!!
うちはDVDプレイヤーっていうものが存在しないので、PCのMedia Playerで
観ましたが、特にリージョンコードとかいじらなくても問題なく観れました。


なんも言うことないです。素晴らしかった。
観終わったあと一人で液晶の前で拍手した。


スクリーンで観たかったよう・・・
  。・゚・(つД`)・゚・。


<ネタバレ感想>ママがパパと再会するところからグスグス言い始めてラストまでずっと泣いてた。1がヒックの成長譚なら、2は大人向けのドラマ。ラストも、ヒックとトゥースの絆の力で~ではなく、あくまで自然の摂理として、ドラゴンという種族の闘いとして描いてたとこが素晴らしいと思った。ボスに挑むトゥースを、人間であるヒックはただ応援することしかできないというあの展開は、シナリオとして、けっこう挑戦だったんじゃないかな。唯一の不満といえば、アスティたち、バーク島の仲間たちが終始別行動で、見せ場が少なかったところかなー。パパの死は確かにショックだったけど、1でヒックが片脚を失ったように、成長の過程で何かを失うということ、何かを得るために何かを代償にしなければならない場合もあること、そういうメッセージを感じた。そういう点では1よりわたしは2のほうが好きだなあ。ハッピーエンド、みんな幸せ!よかったね!っていうのを期待していた人には不満が残るかもしれんね。<ネタバレ終り>


結局、日本での劇場公開ないままディスクの予約始まっちゃったね・・。
一週間限定公開とかでもいいんだよ~(´;ω;`) 有給取ってでも観に行くので 、
どうか!どうかスクリーンで!でかい画面で堪能させて欲しい!!!!
お願いしますううううううううう。・゚(゚⊃ω⊂゚)゚・。








めちゃくちゃ久しぶりにみなみ会館のオールナイト行ってきた!

京都みなみ会館: http://kyoto-minamikaikan.jp/
アリスメンタルジャーニーNight: http://kyoto-minamikaikan.jp/archives/20011


みなみ会館といえば、昔ポップコーンナイトっていう人気の覆面上映イベントがあって
学生の頃は都合のつく限り参加してたな~。あれは楽しかった!

ポップコーンナイトは、4本の上映タイトルは一切秘密で、開始前にヒントだけ
書いた用紙が配られるのね。
そのヒントだけで上映タイトルを当てた人には後で無料チケットがもらえたりする。

時々、超B級どマイナー映画をヒントだけで当てる猛者様が本当に現れて、
お客さん全員が「スゲー!(`ФωФ') 」と、尊敬の眼差しで拍手を送ったものです。
どのくらいマイナーかっつうと「ボンベイtoナゴヤ」くらいのレベルです。

知ってる?知らないよね?普通知らんて。

チャウ・シンチーの「食神」とか、「バッファロー’66」もこのイベントで観たな。
当時はまさかチャウ・シンチーがこんなにブレイクするとは思いもよらずw
シュヴァンクマイエルを初めて見たのも、ポップコーンナイトの「悦楽共犯者」で、
しばらく鶏がトラウマになったでござるよ _:(´`」 ∠):_

ところでポップコーン・ナイトで過去上映した作品のリストってどこかにありますかね。
タイトルを思い出せないのがいくつかあって・・・。
ご存じの方、ご一報いただけましたら嬉しいです(*゚∀゚)=3


*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....*.....*.....*.....*.....*.....*


地下鉄のザジ【HDニューマスター版】 [DVD]
紀伊國屋書店 (2009-12-19)
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【1本目「地下鉄のザジ」】22:30~

レーモン・クノーの小説『Zazie dans le métro』の映画版。
リマスター版なので、めちゃくちゃ映像がキレイだった。
60年代のパリの、雑然としたバザールやキッチュな街並みが堪能出来る。

ザジは十数年前、みなみ会館か朝日シネマか?で観たことがあって、
当時「これはスラップスティックっていうんだよ」って教えてもらったのだが、
こういうものだよ、と言われても正直ラストのドタバタが長すぎるなーって思ってた。
で、今観てもやっぱりレストランでの乱痴気騒ぎ長いですww

ザジの天真爛漫な可愛さやフィリップ・ノワレの若かりし姿もよいですが、
ザジの伯母さん・アルベルティ―ヌ役のCarla Marlierの美しさったらねーよ!!
あの流し目たらまんっすわー。



ローズ・イン・タイドランド [DVD]
東北新社 (2007-01-26)
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【2本目 「ローズ・イン・タイドランド」】 00:30~

いやー・・・こんな寂しい映画初めて観たかもしれん・・・。

両親は2人ともジャンキーのろくでなし。他に頼れる大人もおらず、
友達といえばボロボロの人形(の首)だけ。
開始5分でママはオーバードーズで死んじゃうし、パパと逃げ出した先は、
辺り一面の荒野にポツンと取り残された崩壊寸前のあばら家。
唯一の隣人は強烈な電波で基地のお外だよー!!

もうね、アンナ・カヴァンかってくらい四方八方が絶望と孤独。

正直、ローズも夢見がちとかいうレベルではなく、精神の均衡が危うい感じに
なってるのだが、このローズ役のジョデル・フェルランド(撮影当時10歳)の
妖艶さすら漂う美貌と演技力が物凄くってねえ。

すでに人生に疲れたような、どこか諦念すら感じさせる大人びた表情や、
ディケンズを誘う「女」としての色香と、唯一の隣人を「友人」と呼んで必死にすがる
子供の無垢さが見事に表現されていて、もう脱帽でした。
(wiki見たら、この女優さん「キャビン」でゾンビ一家の娘やってたのねw)

ショッキングなシーンも多々あり、後味もそんなによくないのですが、
荒涼とした大地とジョデル・フェルランドの美しさが刺さる映画でした。



パンズ・ラビリンス [Blu-ray]
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【3本目 「パンズ・ラビリンス」】 2:40~

めちゃくちゃよかった・・・・(*⁰▿⁰*)

スクリーンで観れてよかったああ。
言わずと知れたデル・トロ様!今回の一番のお目当てはこれでした。

スペイン内戦後の不安定な情勢の中で生きる少女の現実と、牧神パンが
与える「地底の王国の姫君」としての3つの試練というお伽話が交互に描かれて、
ものっそい濃厚な、いいストーリーでした。

ラストも切なくてよかったです。救いがないがそこがいい。
<ネタバレ反転>ママは「人生はお伽話じゃないのよ」って涙ながらにオフィーリアを叱ったけれど、結局、オフィーリアには、現実で幸せになる道はなかったんだもんね・・・。どんな理想を掲げても、きっと“現実を生きること”より辛いことはないという人や時代もあるんだと思うなぁ<ネタバレ終>

2番目の試練の番人?はちょっと夢に出そうだよ・・・。
あの発想はなかった!!!!



ヤン・シュヴァンクマイエル アリス [DVD]
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 【4本目 「アリス」byヤン・シュヴァンクマイエル】 5:00~

さすがに眠いしラストがシュヴァンクマイエルってよう・・・( ˘ω˘)
相変わらず人形の造作が絶妙に気色悪いし、どことは言えないが全体的に不吉だし
風邪ひいて熱がある時限定で見る悪夢っていうの?ああいう感じ。

「メアリー・アン、新しい鋏を持ってきておくれ」のあたりで寝落ちしました。




6:30終幕。お疲れ様でした~( ˘ω˘)

みなみ会館のオールナイトが好きな理由の一つがそのシチュエーション。
4本観終わってフラフラしながら外へ出ると、ドーンと目の前に東寺の五重塔があって、
映画の世界からリアルに戻ったはずなのに「ここどこ!?」みたいな、
一瞬現実見失う感じがね、酔っぱらったみたいでいいんだよね。
真冬だと特に、6時過ぎとかでもまだ薄暗いんで雰囲気バッチリです。

松屋の朝定食べてから帰るもよし。
(学生の時は松屋じゃなく、吉牛しかなかった気がする・・・)
また楽しげな企画があれば行きたいな。




小狐丸の元ネタとなった能「小鍛冶」。
本当は生の舞台を観に行きたいんだけど、なかなか機会がないので
謡曲「小鍛冶」を現代語訳してみました。
流派によって若干の差異がありますが、今回は喜多流のものを原文に採用。

【注意書き】
・原文テキスト
 野上豊一郎編『解註謡曲全集』  巻6    p105-116.
   中央公論社,   昭和26年10月改定初版 昭和46年12月再版
・原文の旧字体は新字体に直しました。
・現代語訳下の*マークの注釈は管理人によります。
・現代語で不自然にならないよう、直訳でなく意訳に近い部分があります。
・訳にあたって参照した、その他の参考文献は末尾に記載





小鍛冶 (喜多流)

第一場


ワキヅレ「これは一条の院に仕へ奉る橘の道成とはわが事なり。さても帝今夜御霊夢の御告あり。三条の小鍛冶宗近に御剣を打たせらるべきとの宣旨唯今成り下りて候。この由を宗近に申しつけばやと存じ候。

勅旨「私は一条天皇に仕える橘の道成と申す者。(ところで、)帝は昨夜、夢の中で神仏のお告げをお受けになり、三条の刀鍛冶・宗近に刀を打たせよとのご命令がただ今ございました。それを三条の宗近に申しつけようとしております。

*橘道成=「道成寺」でも寺の建立者として同名があるが、おそらく架空の人物




ワキヅレ「いかにこの家の内に宗近があるか。
ワキ「誰にてわたり候ぞ。
ワキヅレ「これは宣旨にて候。さても帝今夜御霊夢の御告あり。御剣を打たせらるべきとの宣旨なり。急いで仕り候へ。
ワキ「宣旨畏つて承り候さりながら、折節相槌仕るべき者のなく候はいかに。
ワキヅレ「不思議の事を申す者かな。その名を得たる宗近なるが、相槌打つべき者のなきとは、心得がたき言ひ事かな。

勅旨「宗近殿はおられるか。
宗近「どなたでしょうか。
勅旨「帝の勅命をお伝えいたします。帝は夢でお告げを受けられ、宗近殿に刀を打たせよと仰せられました。速やかに刀を打つがよろしいでしょう。
宗近「おそれおおくも、ご命令お承りいたします。しかし、今はあいにくと相槌を打つ者がおりません。
勅旨「これはおかしなことを仰る。刀鍛冶として名高い宗近殿が、相槌を打つ者がいないとは不審な言い分ではありませんか。

*相槌=鍛冶(かじ)などで、師の打つ間に、弟子が槌を入れること。また、互いに槌を打ち合わすこと。



ワキ「仰せはさる御事にて候へども、かやうの物を仕るには、われに劣らずほどの者の相槌仕りてこそ、御剣をも打ち申すべけれ。とにかくに御返事を申しかね、
赤面したるばかりなり。
ワキヅレ「げにげに申すところも理なれどもさりながら、帝も不思議の御事なれば、まづまづ領承申しつつ、急ぎ家路に帰るべしと、
重ねて宣旨ありければ、
ワキ「この上はとにもかくにも宗近が
 とにもかくにも宗近が、進退ここに谷りて、御剣の刃の乱るる心なりけるぞ。さりながら御政道、直なる今の御代なれば、若しも奇特のありやせん・それのみ頼む心かなそれのみ頼む心かな。

宗近「仰ることはごもっともでございますが、そのような特別な御剣を打つには、私に劣らぬ腕を持つ者の相槌が必要でございます。なんともお返事をいたしかね、(よい弟子がいないことを)お恥ずかしく思います。
勅旨「なるほどそちらの言うことももっともであるが、帝も不思議なことを体験なさったのであるから、とりあえず承諾なさって、急いでご帰宅なさるのがよろしいでしょう。
と重ねてご命令するので
宗近「そう仰られましても・・・
(地謡) 辞退することも出来ず、宗近は進退窮まって(刃の焼きの乱れのように)心が乱れるのだった。しかし正しいまつりごとが行われている今であれば、もしかして奇跡が起こるのではないかと、それを頼みにするばかりだった。

*勅使は宗近の家に訪ねてきているのに「急いで帰宅しろ」というのはつじつまが合わない。改変前の古いテキストの名残らしい。他の流派では「帝も奇特のご霊夢ましませば、頼もしく思ひつつ、早々領承申すべしと、重ねて宣旨ありければ」になっている。





ワキ「これは一大事の事を仰せ出だされて候ものかな。かやうの事には神力を頼むならでは別儀なく候。われ等が氏の神は稲荷の明神にて候間、これより直に稲荷へ参り、この事を祈誓申さばやと存じ候。
シテ「いかにあれなるは三条の小鍛冶宗近にてわたり候か。
ワキ「不思議やな なべてならざる御事が、道もなき方より来たり給ひ、わが名をさして呼び給ふは、如何なる人にてましますぞ。

宗近「これは大変なことを仰せつけられたものだ。このような一大事には、神仏におすがりするしかない。当家の氏神様は(伏見の)稲荷神社であるから、これからすぐ参拝し、このことを祈願しよう。
童子「もしもし、そこへ行かれるのは三条の刀鍛冶・宗近殿ではありませんか」
宗近「これはどうしたことだ。とても只の人とは思われぬ貴いお姿の方が私を名指しでお呼びになる。一体どなただろうか。



シテ「雲の上なる君よりも、剣を打ちて参らせよと、汝に仰せありしよのう。
ワキ「さればこそそれにつけても猶猶奇特の御事なり。剣の勅も唯今なるを、早くも知ろしめさるる事、返す返すも不審なり。
シテ「げにげにそれはさる事なれども、われのみ知ればもろ人までも、
ワキ「天に声あり、
シテ「地に響く、
 壁に耳岩の物いふ世の中に、岩の物いふ世の中に、隠れはあらじ殊になほ、雲の上人の御剣の、光は何か暗からん。ただ頼めこの君の、恵みによらば御剣もなどか心に叶はざるなどかは叶はざるべき。

童子「雲の上のお方(帝)が、そなたに刀を打てと仰せになられたのだなあ」
宗近「やはりこれはただ事ではない、今のお言葉を聞くにつけても。勅命を承ったのもたった今のことなのに、もうご存知でいらっしゃる。返す返すも不思議なことだ。
童子「なるほど、不思議に思うのももっともだが、いつの間にか知れ渡っているものなのですよ。
宗近「天に声あれば、
童子「地に響くというではないか、
(地謡) 「天に声あり壁に耳あり」「岩が物言う世の中」ということわざがあるように、自分だけが知っていると思っても広く知れ渡ってしまうものなのだ。特に、帝から御剣を打つように勅があったのだから光が暗いはずもなく(早く知れ渡るのも当然だ)。頼もしく思うことだ、大君の恩恵があるのだから、思うような御剣が打てぬはずはないだろう。





地(クリ) それ漢王三尺のげいの剣、居ながら四囲の乱れを鎮め、又煬帝がげいの剣、周室の光を奪へり。
シテ「(サシ)その後玄宗皇帝の鍾馗大臣も、
 剣の徳に魂魄は、君辺に仕へ奉り、魍魎鬼神に至るまで、剣の刃の光に恐れてその寇をなす事を得ず。

(地謡) 漢の高祖・劉邦の三尺の剣は、都に居ながらにして四方の敵を鎮め、隋の煬帝の剣は周の威光を奪ってしまうほどだった。
童子「その後、唐の玄宗皇帝に手厚く葬られた鍾馗大臣も、
(地謡) 剣の徳のおかげでその霊が玄宗を守護したように、魍魎鬼神のような存在でも、剣の刃の光を恐れて危害を加えることができない。
*げい=刀の名前らしいが詳細不明。流派によってケイとも謡うらしい。
*鍾馗=中国、唐の開元年中、玄宗皇帝の夢に終南山の進士鍾馗が現われ、魔を祓(はら)い、病気をなおしたという故事に基づく。中国で、疫病神を追いはらい魔を除くと信ぜられた神。日本では、その像を、五月五日の端午の節句ののぼりに描いたり、五月人形に作ったり、魔よけの人形にしたりする。



シテ「漢家本朝に於いて剣の威徳、
 申すに及ばぬ、奇特とかや。
(クセ) 又わが朝のその初め、人皇十二代、景行天皇、みことのりの御名をば日本武と申ししが、東夷を、退治の勅を受け、関の東も遥かなる東の旅の道すがら、伊勢や尾張の海面に立つ波までも、帰る事よと羨みいつかわれ等も帰る波の衣手にあらましと、思ひつづけて行く程に、

童子「中国や日本において剣の威光というのはいちいち言うまでもなく特別なものである。
12代皇帝の景行天皇の皇子、ヤマトタケルノミコトが東の異民族を討てと命令を受け、逢坂の関の東に遠征に行かれた旅の途中、伊勢や尾張の海の波までが返っているのに、我々が都へ帰れるのはいつのことになるだろうかと嘆き、
*伊勢や尾張の...=伊勢物語の「伊勢尾張のあはひの海づらを行くに、波のいと白く立つを見て」「いとどしく過ぎゆく方の恋しきに羨ましくもかへる波かな」を引用したもの。



シテ「ここやかしこの戦ひに、
 人馬うんくつに身を砕き、血はタク鹿の河となつて、紅波楯流し数度に及べる夷も兜を脱いで矛を伏せ、皆降参を申しけり。尊の御宇より御狩場をすすめ給へり。頃は神無月二十日余りの事なれば、四方の紅葉も冬枯の遠山に見ゆる初雪を、眺めさせ給ひしに、

童子「そのような戦を幾度か経て
(地謡) 岩窟で身を砕かれるような苦しみを味わい、血が河となり血の波が盾を押し流すほどの激しい戦いを繰り返した異民族も、兜を脱ぎ矛を伏せ、降参した。その東征以来、御狩の行事が始まった。その戦は十月二十日あたりの事だったので、あたりの紅葉も枯れて散ってしまい、遠くの山に雪がかかっているのをヤマトタケルノミコトがご覧になり、
※うんくつ=不明。岩窟がなまったものか。岩窟となっている流派もある。
※タク鹿=タクは豕にさんずい。中国、河北省タク鹿県の東南にある地名。黄帝が蚩尤と戦った地と伝えられる。



シテ「夷四方を囲みつつ、
 枯野の草に火をかけ、余焔頻りに燃え来たり、敵攻鼓を打ちかけて、火焔を放ちてかかりければ、
シテ「尊剣を抜いて、
 尊剣を抜いて、あたりを払ひ忽ちに、焔も立ち退けと、四方の草を薙ぎ払へば、剣の精霊嵐となつて、炎も草も吹き返されて、天に輝き地に充ち満ちて、猛火は却つて敵を焼けば、数万騎の夷どもは忽ちここにて失せてんげり。その後四海治まりて人家戸ざしを忘れしも、その草薙の故とかや。唯今、汝が打つべきその瑞相の御剣も、いかでそれには劣るべき。伝ふる家の宗近よ、心安くも思ひて下向そ給へ。

童子「異民族はヤマトタケルノミコトを四方から囲んで
(地謡) 枯野の草に火をかけたので、炎が盛んに燃え上がった。異民族は攻鼓を打って、なおも火攻めを仕掛けてきたので
童子「ヤマトタケルノミコトは剣を抜いて、
(地謡) 辺りを払い、「炎よ、立ち退け」と四方の草を薙ぎ払えば剣の精霊が嵐となり、炎も草も敵方に吹き返された。炎を天を輝かせ地に充ち、炎は却って敵を焼き尽くすことになったので、数万の異民族たちはあっという間に全滅してしまった。その後は天下も平和となり、人々は(盗賊の恐れがないので)戸締りを忘れるほどであった。それというのも、草を薙ぎ払った、草薙の剣のおかげであるという。今、そなたが打つ、めでたい前兆のある御剣もどうしてそれに劣ることがあるだろうか。刀工の奥義を伝える家の宗近よ、安心して家に帰るがよい。
*てんげり=「てけり」の強調。
*瑞相=帝が夢を見たこと。めでたいしるし。




ワキ「漢家本朝に於いて剣の威徳、時にとつての祝言申すばかりなく候。さてさて御身は如何なる人ぞ。
シテ「よし誰なりとも頼むべし。まづまづ勅の御剣を、打つべき壇を飾りつつ、
その時われを待ち給はば、
 通力の身を変じ、通力の身を変じて、必ずその時節に参り会ひて御力を、つけ申すべし待ち給へと、夕雲の稲荷山、行方も知らず失せにけり行方も知らず失せにけり。  

(中入)

宗近「中国日本の剣の威徳、今この場にふさわしいありがたいお話でありました。それにしても、あなたはどういう方なのです。
童子「私が誰かはどうでもよいことでしょう。ただ頼ればよいのです。それより、まず勅命を下された御剣を打つための壇を設け、
その時私を待っていたならば
(地謡) 神通力を得た身を変化させ、必ず場に参上し、あなたをお助けしよう。待っておいでなさい。 と言うなり、夕雲のかかった稲荷山の方角へ消え失せてしまった。




第二場



後ワキ「宗近勅も随つて、即ち壇にあがり、不浄を隔つる七重の注連、四方に本尊を懸け奉り、幣帛を捧げ、仰ぎ願はくは、人皇六十六代、一条の院の御宇にその職の誉れを蒙る事、これ私の力にあらず。伊弉諾伊弉冉の尊、天の浮橋を踏み渡り、豊葦原を探り給ひし御矛より始まれり。その後南瞻僧伽陀国波斯弥陀尊者よりこの方、天国ふぢとの子孫に伝へて今に至れり。願はくは、
 願はくは、宗近私の功名にあらず。普天卒土の勅命によれり。さあらば十方恒沙の諸神、唯今の宗近に力を合はせたび給へとて、幣帛を捧げつつ、天に仰ぎ頭を地につけ骨髄の丹誠聞き入れ納受、せしめ給へや。
ワキ「謹上、 
 再拝。

宗近「宗近は勅命に従い、壇に上がり不浄を隔てるための注連縄を幾重にも張り、四方には守護神の絵像を掲げて幣帛を捧げた。天を仰ぎ願うことには、神々よ、人皇六十六代一条天皇のこの御代に、刀工としての名声を得ているのは決して私自身の力によるものではございません。イザナミイザナギの二柱が天の浮橋を渡り、この豊葦原の国を探り遊ばせたその矛から刀剣は始まったもの。その後、南瞻部洲は僧伽陀国の波斯弥陀尊者がこの刀鍛冶という業を始められ、天国の子孫が代々伝えて今日に至ります。神々、どうか、」
(地謡)  どうか神々よ、この仕事は宗近個人の名声を高めるためのものではございません。天下を治める君の勅命によるものでございます。ですから、十方世界にまします無量無数の神々よ、この宗近に力をお合わせくださいませ。そうして宗近は幣帛を捧げ、天を仰ぎ地に頭を頭をつけて心の底から誠心誠意を込めた祈願をお聞き入れください、この願いを叶えてくださいと祈ったのだった。
宗近「謹んで拝み奉る。
*南瞻=南瞻部洲
*僧伽陀国=古代インドにあったという十六大国の一つ。ただし、この国名は「仁王経」だけにみえるもので、他本と一致しない。
*波斯弥陀尊者=詳細不明。刀工の遠祖とされる行者。
*天国=あまくに。『尺素往来』に名がみえる、日本に於ける刀工の元祖とされる大和の人。
*ふじと=詳細不明。天国と同じく刀工の元祖か。観世では「ひつき」となっている。
*普天卒土=卒土は国の果ての意。天下、全世界。またその天下を治める君主。
*十方恒沙=「恒沙」はガンジス河の砂のことで、無限の例え。



二 


 いかにや宗近勅の剣、いかにや宗近勅命の剣、打つべき時節は虚空に知れり頼めや頼めや、唯頼め。

―シテの働。

シテ「童男壇の上にあがり、
 童男壇の上にあがつて、宗近に三拝の膝を屈し、さて御剣の鉄はと問へば、宗近も恐悦の心を先として鉄取り出だし、教への鎚をはつたと打てば、
シテ「ちやうど打つ。
 ちやう、
シテ「ちやうど、
 打ち重ねたる鎚の響天地に聞こえて、おびたたしや。

(地謡) 宗近よ、これ宗近よ、御剣を打つべき時節が虚空に知れたのだ。ただ頼もしく思うがよい。
童子「(少年の姿で化現した)稲荷明神が、壇上に上がって
(地謡) 童子姿の稲荷明神が壇上に上がり、宗近に膝を屈して三拝し「さて御剣の鉄は・・・」と尋ねると、宗近は感激に満ちながら鉄を取り出し、まず宗近が第一の鎚をはったと打てば、
童子「ちょうと打つ、
(地謡) ちょう、
童子「ちょう、
(地謡) ちょうちょうと打ち重ねる鎚の音が盛んに天地に響いた。
*三拝の膝を屈し=宗近は勅命を報じて刀を打つ主工であり、稲荷明神は助工であるため、宗近に敬意を表して三拝する。





ワキ「かくて御剣を打ち奉り、表に小鍛冶宗近と打つ。
シテ「神体時の弟子なれば、小狐と裏にあざやかに、
 打ち立て申す御剣の、刃は雲を乱したれば、天の叢雲ともこれなれや。
シテ「天下第一の、
 天下第一の二つ銘の御剣にて、四海を治め給へば五穀成就もこの時なれや。即ち汝が氏の神、稲荷の神体小狐丸を、勅使に捧げ申し、これまでなりといひ捨てて、又叢雲に飛び乗り、また叢雲に、飛び乗りて東山稲荷の峰にぞ帰りける。

宗近「こうして御剣を打ち奉り、宗近は刀の表に小鍛冶宗近と銘を刻む。
童子「稲荷明神が弟子として相槌を打ったので、裏には小狐と明瞭に刻み、
(地謡) 打ち終わった御剣の刃には、雲を乱したような乱れ模様があって、天の叢雲の剣もこうであったかと思われる。
童子「これぞ天下第一の、
(地謡) 天下第一の名剣。裏と表に二つの銘を持つこの御剣をもって天下を治めれば、五穀は豊かに実り、平和な世となるだろう。すなわち宗近の氏神・稲荷明神は私なのだ、と言って小狐丸と名付けられた御剣を勅使に捧げ、稲荷明神は「これまでなり」と言い捨てて叢雲に飛び乗り東山の稲荷の峰に帰って行ったのであった。
*刃は雲を乱したれば=焼き刃の乱れを雲に例え、さらに天の叢雲の剣を連想








【参考文献】

芳賀矢一, 佐佐木信綱編並に校註 『校註 謡曲叢書』 第1巻
臨川書店, 大正3年4月初版 昭和62年10月復刻版

横道萬里雄, 表章校注 『謡曲集』 下 (日本古典文学大系41)
岩波書店, 1963年4月

野上豊一編 『謡曲選集』
岩波書店, 1986年4月第10刷

村戸弥生 「『小鍛冶』の背景 ―鍛冶による伝承の視点から― 」
『国語国文』 61(3), p19-32

石井倫子 「<小鍛冶>の周辺」
『日本女子大学紀要』 52
CiNIIオープンアクセス  http://ci.nii.ac.jp/naid/110000207958 (2015.4.12閲覧)

『日本国語大辞典』 小学館 (japanknowledge)

『国史大辞典』 吉川弘文館 (japanknowledge)







おじい2人来たのに一兄が来ない審神者です╰( ^o^)╮-=ニ= 、;'.資材
呪われし!相模!!81日目!!
wikiにもだいぶ詳細が上がってますが、調べた史料などの自分用メモ。







【燭台切光忠が秀吉から政宗へ下賜されるくだり】


小林清治校注『伊達史料集』(上)より 「政宗記」 巻9  p334-335

向島御建立の事

慶長元年丙申の二月より、太閤秀吉公、伏見の向島(むこうじま)に城を構へ、御本城より橋を渡し、往来ありて御慰所と取立給ひ、御普請過半出ける処に、頃は閏七月十二日の夜半許に、大地震夥しうして、天守を始め御殿共をゆり崩し、城内の男女五十余人家に打れて死しけるなり。惣じて此島は宇治川取廻し、地形窪かりければ、石垣をゆり普請小屋の者ども迄も、数多相果けるなり。然(しか)るに、彼島御再興有ても然(しか)有まじくとやおぼしけん、同七月二十日に、木幡山を城にと見立給ひ、諸大名衆は申に不ㇾ及、旗本或は小身・小人・中間・小者に至る迄、組をなされ大石くり石地形を引き、扨御殿面々様々請取の御普請にて、当十二月晦日を切に移し給ふべしと上意なれば、夜を日につひで急ぎ給へり。地震程危きことはあらじと宣ひ、御殿の柱も二本は礎、三本目は五尺余りに掘立、上の道具も方々かすがひにてとぢ付、日来の御作事には違ひ、今度は専ら地震御用心なり。然して御普請急ぎ給ふ故、日々に出御遊ばし、思召の外果敢行(はかゆき)たる役処へは御褒美の上意なれば、何れも忝きとの御ことなり。同十月、漸寒気の始め寒へて大儀なるに、風を防ぐために紙子を取せ給はんとて、長持へ御持せ町場を廻り給ひ、諸大名衆へ御手移しに下されけり。中にも政宗は至て物数寄(ものすき)なればとて、襟には紺地の金襴、袖は染物に摺箔、裾は青地の緞子、方々を別になされ拝領し給ふ。又呉服拝領の族(やから)もあり。されば、其頃政宗より、大坂御上下の召舟を仕立上られければ、御感の由にて、光忠の御腰物を拝領し給ひ、翌日秀吉公御普請場へ出御の砌彼御腰物さし、我役所の前にて御目見(おめみえ)し給ひければ、「昨日政宗に刀を盗まるゝなり、取返せ」と御諚にて、御小姓衆四五人取かゝりけるを、打払ひ十余間逃し給へば、「盗賊なれども御赦免なり、是へ参れ」と宣ひ、色々忝き上意どもなり。有とき又盆盒に御所柿を持せ給ひ、諸大名衆へ小手移しに下されけるに、「政宗は物数寄なれば、大なるを望み給はん」とて、盒(オリ)の中を御取返し、「是より大きなるはなきぞと」宣ひ、拝領し給ふ。近き役所の大名衆、各是を見給へ「遠国人にて、漸く四五ヶ年の奉公なれども、御前世に勝れ御懇ろ冥加人なり」との風聞なり。


翌日の盗人呼ばわりは秀吉の冗談だったのか、一度やったものの惜しくなったので
冗談に見せかけて取り返そうとしたのか判断がつきかねるなぁ。

この記述だけでは、燭台を斬った光忠のことかかどうかはわからないが、
伊達家の目録と照合すると、この時秀吉から下賜されたものが燭台切と呼ばれていた、ということになっているらしい。(そっちは未確認)
少なくともこの「政宗記」中には燭台を斬った、もしくはそれらしい記述は見当たらず。

成実の殿愛が炸裂してるいい文書だなあ。ラストのドヤ感!
(しかしこれを読むと全体的に美化されてんだろうなぁ・・・という気が。まあ家臣が書いた年代記なんかみんなそうだろうが)









【徳川秀忠・豊臣秀吉から拝領した刀剣のくだり】


小林清治校注『伊達史料集』(上)より 「政宗記」 巻11  p387-388

政宗物僻事

去ば常々物僻にて御坐す、尓程に数寄道をも、日来心掛給へり。其故に先茶湯の道具より申せば、碾茶壺(ひきちゃつぼ)、肩衝・桶口肩衝・侘助(わびすけ)肩衝・紹鷗文琳・壺物・大海・利休物相、茶入の名物ㇾ如此。扨(さて)虚堂墨跡、是は大相国秀忠公より拝領し給ふ、清拙墨跡、輝東陽墨跡、布袋(ほてい)痴絶賛、寒山十得痴絶の賛、定家の色紙、梅の画無極の賛。牧渓の画虚堂賛にて三幅対。是は都の町人勘兵衛と云けん者持けるを、掘出に黄金五百枚に取給ふ。扨碪の花入青磁なりしが、碪の太みに薬力かゝらで、一寸五分四方丸く焼切有て剰へ其中破たり。其破へ唐にて鉄を以て、かすがいを打ければ、水を持花入となり、天下の名物なるを、太閤秀吉公色々の仰立にて拝領し給ふ。家の宝物となるなり。破笠の香爐、其外数多雖ㇾ有ㇾ之一々不ㇾ及ㇾ記。扨又大小は、鎺(はば)き国行・来(らい)国光・宇佐美(うさみ)長光・二字国俊・守家・三原正家・大原真守・当麻包永(たいまかねなが)・守家・長光・貞宗・信国・一文字・保昌五郎・日理(わたり)古備前・来国光・正宗・左文字・大倶利伽羅広光、相国秀忠公より忠宗拝領し給ふ。脇差には別所貞宗・左安吉・太鼓磬貞宗・真長・鎬き来国光・国行・左文字・正宗・二字国俊・鎬き藤四郎吉光、是天下の名剣なりしを太閤秀吉公より拝領し給ふ。家の宝物となる也。

(後略)


物僻=ものずき。あることに熱中して嗜好のかたよること、との注あり。

忠宗(政宗の二男・嫡子)が秀忠より大倶利伽羅を拝領したとある。
光忠が「貞ちゃん」と呼ぶのはおそらくここで出てくる“太鼓磬貞宗” と思われる。
“磬” は書写者のミスか、翻刻のミスかは未確認。
ここの段では記録日・拝領した日、どちらも記述はなし。

鎬藤四郎もそのうち実装されるかな?





〔参照資料〕

小林清治校注 「伊達史料集」上 (戦国史料叢書10)
人物往来社, 昭和42年1月発行

※底本は宮城県立図書館所蔵『政宗記』
  http://www.library.pref.miyagi.jp/wo/opc_srh/srh_detail/D56977

 同館所蔵『成実記』および『仙台叢書』本(第3巻)により校訂とあり。


※そもそも宮城県立図書館には『政宗記』と『成実記』(仙台叢書本とは別)という、同じ内容の写本が2種類あるよヤッホー!


※成実が著した政宗の記録は写本が何パターンもあり、底本によって内容に細かい異同がある。
巻1~8、巻9の前半部分は『伊達日記(伊達成美記)』の名称の別バージョンあり。
群書類従に所収のものはこっち。

近代デジタルライブラリー http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879783
  (コマ番号127~, 光忠の記載はコマ174)



※『政宗記』の成立年代は各巻の奥付より寛永13~19年(1636-1642)前後とみられる。『治家記録』との異同から、『治家記録』編纂の元禄16年(1703)には成立していたことだけは確実。






機巧のイヴ


あの婀娜な身体が、秘術を尽した機巧だとでも!? ドンデン連発の格ミステリー! 十三層の巨大楼閣に君臨するという噂の遊女・伊武。千年の秘術を求めて彼女を追う幕府配下の機巧師・釘宮久蔵。遷宮と幕府転覆計画の帰趨を見定めつつ、目も綾な衣裳の下匂い立つ肌の奥で回転を続ける、精緻な歯車の心臓部へと探索は進んでゆく――。連載当初から話題をさらった、エロスの薫る長篇時代ミステリー小説! 

 乾緑郎 『機巧のイヴ』読了。

うーーーんおもしろかった!!すごい勢いで一気読みした。
伊武かわいいよ伊武(*⁰▿⁰*)

わたしはもともと「果たして人形(ロボット)に魂(心)は宿るのか?」的な、
人形やロボットをめぐる葛藤や苦しみを描いた作品がめちゃくちゃ好きなんだけど、
これは機巧人形に関わる人々の心理描写がすごく丁寧で、誰の気持ちにも
ウンウンわかるよーってなるので、その報われなさがとても胸に迫る。

幕府の陰謀と天帝の謎が徐々に明かされていく過程もスピード感あってよかったし、
甚内と窺見ちゃんのアクションシーンも胸熱!

「魂とはどこからやってくるのか」という、全篇を通したテーマについて、
最後の最後で甚内が導き出した答えがグッときました。
甚内さん、仕事デキるし冷酷な必殺仕事人かと思えば情に厚いとこもあって、
一途だしいい男なのに報われないねえ・・・・(ノД`)

伊武と鯨さんのスピンオフ続編みたいなのが読んでみたいなぁ。
伊武かわいいよ伊武!!!

幕府やら楼閣やら隠密やらいう用語が飛び交うので一見江戸時代モノかと思うけど
実際はパラレル江戸というか時代SFっぽいかんじ。
その点『金色機械』とちょっと設定が似ているところがあって、
アクションありミステリありなとこも『金色機械』の雰囲気と近いので
『金色機械』が面白かった、って人にとてもオススメ(゚▽゚*)

伊武かわいいよ伊武(大事なことなので3回言いました)


金色機械
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3月21日、大阪市立自然史博物館の「スペイン 奇跡の恐竜たち」行ってきました。
 小田隆さんのホネトークを聞いてから、恐竜見たくてしょうがなかったんじゃ!
※ブロガー無料招待していただきました!ありがとうございます(*´∀`*)


大阪市立自然史博物館:http://www.mus-nh.city.osaka.jp/index.html
スペイン 奇跡の恐竜たち:http://spain-dino.jp/index.html






スペイン中部のカスティーリャ=ラ・マンチャ州には白亜紀の地層があって、
その中でも白亜紀前期の“ラス・オヤス”と白亜紀後期の“ロ・ウエコ”が
二大恐竜化石発掘地として有名なんだそう。

今回の特別展ではラス・オヤスからほぼ全身が発見された、全長約6mの獣脚類、
コンカベナトール・コルコヴァトゥスの全身化石が公開されてます。

学名のコンカベナトール・コルコヴァトゥス(Concavenator corcovatus)は
“クエンカのこぶのある狩人”という意味。
その名の通り、背中にこぶのような盛り上がりがある珍しい構造。

これがその、全身が完全に近い状態で発見されたコンカベナトールの化石。
(※クリックで大きな写真見れます)




見た瞬間思わず「すげぇ(゚Д゚ll)」って声出たよね。

こんなの初めて見た!!!

デカいんですよこれ、だいたい2m×2m強あるの。
この大きさで、関節つながった状態で化石になってるんだよ。スゲー!!



部位ごとに細かい図解があったので、よくわかったよ!
尺骨には小さな隆起物があって、これが現生鳥類の風切羽が人体で骨に固定される
場所の突起に似ているので、コンカベナトールにも風切羽に相同するものがあったのでは?
ということらしいんだけど、この隆起があまりにもささやかで、
めっちゃガン見しないとわからないんだこれが( =ω=)
よく見たい人は近距離用双眼鏡持ってたほうがいいですよ・・・。


あとね、わたし生まれて初めて知ったんだけど、
恐竜にも肉球が あったんだね!!(*⁰▿⁰*) 

これが証拠ですドン!!





写真だと若干わかりにくいけど、これほんとにぷっくりへこんでるのー!
\これぞ肉球/ ってかんじ。
もっといろんな角度で撮ればよかったなぁ。見るのに必死でww


そして、この全身化石から復元されたコンカベナトールの全身骨格がこちら。



頭骨から尾椎まで、全長約6メートル。
前肢がデカいので、横から見るより前(正面)から見たほうが迫力あった。



 前肢。



頭骨。



これが脊椎骨(背骨)の上に伸びた突起で神経棘(しんけいきょく)というやつ。
いわゆる“こぶ”と呼ばれてるのはここのこと。
この部分だけ極端に長いのが何のためなのかはまだわからないらしい・・。


さらに、全身骨格から復元された生体模型がこちら。



こうして見てみると、ほんとこのコブなんのためについてんだろ??と
想像がふくらみます。
研究が進んだら、このコブがどんな機能を持ってたのか判明したりするのかな。


*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*



もう一つの目玉(?)展示、ロ・ウエコからから発掘されたティタノサウルス類。





全長約16m。
デカすぎて意味が分からない。もう笑うしかない。
展示のレイアウト考えるのに苦労しただろうなぁ・・・・(´∀`)

ロ・ウエコからは膨大な数の竜脚類の化石が見つかっており、複数個体の
頭骨から尾椎までの全身部分がほぼ揃っているらしい。
今までの研究の結果、少なくとも“がっしり型”と“ほっそり型”の2タイプが
いることが分かっており、展示は“がっしり型”のほう。

ただただ「ぽへぇ(꒪Д꒪)」と見上げるしかなかった。
これがかつては生きて!動いて!いたかと思うとゾックゾクするなあ。


このティタノサウルス類に近いティタノサウルス形類は日本からも見つかっている。
兵庫県の篠山層群から発掘されたタンバティタニス・アミキティアエ、
去年学名がついたばっかりの、通称・丹波竜と呼ばれているアレがそう。


タンバティタニスの化石も一部展示されていた。これは尾椎。




小田隆さんの骨格図と復元図も展示されてた!
これ、この前のホネ展でも見せていただいたやつだ~。



*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*



あと、面白かったのは、ペレカニミムス・ポリオドンの復元の変遷についての解説。



 これ2つとも同じ恐竜なんやで!!下が現在の復元。羽毛あり。



このペレカニミムスは発見当時、羽毛の化石がなかったため、上のような
滑らかな皮膚で表現されていたが、近年、北米で発見されたオルトミムスに
羽毛があったため、オルトミムスの原始的な種類であるペレカニミムスにも
羽毛があったと考えられ、下のように羽毛アリの復元になったとか。

小田さんもタンバティタニスの復元図について、「今後の研究結果や新たな発見によって
僕(と研究者)が書いた復元図が否定されることはもちろんあり得る」と仰っていたが、
この変化やその過程こそが“科学”と呼ばれるものなんだなぁと実感できるいい例でした。

しかしこれ、フッサフサやで・・・・。めっちゃフサフサやったで・・・( ’ω’)



*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*



この他にも、植物や水生動物、鳥類などいろいろな化石や復元骨格があって
解説もわかりやすく、大変おもしろかった。



こんな感じで、解説にはほとんどの漢字にルビがふってあり、専門用語も
わかりやすく表現してあるので小学校高学年くらいなら十分理解できるんじゃないかと。

実際、小さいお子さん連れの観覧者が多くてすごくにぎやかでした。
「これ夜になったら動く??」とかビビりつつ親御さんに聞いてる子もいて、
よそのお子さんの、ナマの反応を見てるのも面白かったw
(夜に動くか?という発想は「ナイト・ミュージアム」の影響だろうか)


スペインの研究者を招いた開催記念トークイベントも聞いてきましたが、
発掘した膨大な量の化石は、9割くらいがまだ収蔵庫に保管されたままの状態らしくて
研究が進めばもっと色々な発見があるであろうとのこと。楽しみだな~。

図録も大変すばらしい出来で、オールカラーなのに1300円という良心価格で感動した。
(し、招待してもらったからヨイショしてるわけじゃないよ!(゚▽゚;)


あのコンカベナトールの全身骨格はめったに見られるものじゃないと思うので
興味ある人はぜひ実物を観に行ってみるのをおすすめするぞ(( 'ω' 三 'ω' ))













夜の木の下で


話したかったことと、話せなかったこと。はじめての秘密。ゆれ惑う仄かなエロス。つないだ手の先の安堵と信頼。生と死のあわい。読み進めるにつれ、あざやかに呼び覚まされる記憶。静かに語られる物語に深く心を揺さぶられる、極上の傑作小説集。


湯本香樹実 『夜の木の下で』読了。

ラストに収録されている表題作「夜の木の下で」で久々にぼろぼろ泣いてしまった。

世間一般で言う「(歓喜を伴う)感動」とは少し違う。
最近ではもう忘れかけていたような、子供の頃に感じた悲しみとか理不尽な苦しみを、
大人になってから(というか生きてる間中ずっと)なんとかして帳尻合わせようと
するような自分の愚かしさを突き付けられたようでけっこう堪えた。

そういうのを引きずり出して嘲笑しながらフルボッコにしてくるのが舞城なら、
湯本さんは粛々と、しめやかに、気づくとマウント取られてました、みたいな。
どっちも逃げられない・・・・!!


おそらく初期からのファンは誰でもそんな気がするんじゃないかと思うが、
「夜の木の下で」は『春のオルガン』と少し繋がっているところがあるのかもしれないなあ。
おそらく湯本さんは猫というモチーフに何らかの執着があるんだろう。


好き嫌いだけでいうと「マジック・フルート」が一番好きかな。
特に蛇の寓話がとてもよかった。




あとあのー、サドルですよ。サドルがな!
サドルといえば即座に本谷有希子の『嵐のピクニック』が思い出されるんですが、
「私のサドル」もなかなかのサドルでした。
サドルにフェティシズムを感じる方はぜひどうぞ( ’ω’)