アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)


その街では、謎の奇病「バフ熱」に冒された男が食用洗濯鋏に余生を捧げ、「蚯蚓、赤ん坊、あるいは砂糖水の沼」の三面記事ほどに陳腐な溜め息を吐くコイン ロッカーがあった。しかしときには、加藤剛をこよなく愛する諜報員が「隠密行動」を展開し、国際謀略に巻き込まれた茸学の権威「若松岩松教授のかくも驚く べき冒険」が繰り広げられる街。謎の物体「飛び小母さん」が目撃者たちの人生にささやかな足跡を残し、とある人妻とマンホールが哀しき「愛の陥穽」に堕ち たのもまた、この街の片隅だった。あるいはまた、「トップレス獅子舞考」が試みられた風俗発祥の地、江戸幕府を揺るがした「闇鍋奉行」暗躍で歴史に刻まれ る街―そう、柴刈天神前。このありふれた街と人に注がれた真摯な眼差しと洞察をもとに、現代文学から隔絶した孤高の筆が踊り叫ぶ、愛と浪漫と奇蹟の8篇。



群像2月号で初めて知った深堀骨氏。
あまりにも面白かったので他の作品も読みたかったのだが
唯一の単行本は品切れ重版未定という世知辛い世の中・・・_:(´ཀ`」 ∠):_

図書館で借りてみたけどこのバカバカしさ中毒になる。
小林信彦の「オヨヨ大統領」シリーズ(ってわかる人いますか・・・・・)
みたいなノリのバカっぽさ。
「愛の陥穽」 がよかったなあ。マンホールへの!恋!
あと「オッケペケ王国」がすでに出てきていてニヤリ。

群像2月号、なにかと話題になったしAmazonでもプレミア価格ですし、
重版か文庫化するなら今!今ですよ!!!!早川さん!!






彼が通る不思議なコースを私も


友人がビルから飛び降りようとしている現場で、霧子は黒ずくめの不思議な男と出会った。彼の名前は椿林太郎。学習障害児の教育に才能を発揮する、優秀です こし変わった小学校教師。霧子は彼に魅かれていくが、実は彼には知られざる能力があって…。生への根源的な問いを放つ、傑作長編。


途中でやめられなくて一気に読み切ってしまった。

人は寿命をまっとうすべきだ。
人間はちゃんとした死に方で死ぬべきだ。
人の生き死にについて、これ以上当たり前な“正論”があるだろうか。


目も耳も塞いでしまいたくなるニュースがこの世にはあふれている。
恐ろしいことに、最近はそういう酷いニュースにも”慣れ”つつある。
「ひどい」「どうしてそんなことを」と思うのと同時に、どこかで「またか」という
気持ちがある。


そうじゃない。
人は寿命をまっとうすべきだ。


目の前の霧が晴れたような気持ちがした。
至極当然のことを、“当たり前だよ”と力強く肯定してもらえる、
それだけで人間はひどく安心する。救われる。



「僕はね、子供たちにとにかく生き長らえてほしいんだ。こんなひどい時代でも、絶対に死なないで生き続けてほしい。僕の目標というか望みはそれだけかな。できれば、彼らが子供時代のことをできるだけたくさん憶えたまま大人になってくれたらいいといつも思ってるよ」  (p254)

「キリコさんは、人間が生き延びるために一番必要なことって何だと思う」
(中略)
「夢や希望も、たしかに生き延びていくために大事だけどね。でも、こんなふうになりたいとか、こんなふうに愛されたいって望んでも、かないっこないことってよくあるでしょう。夢も希望も持てない時期が必ずある。そういうときに人間は割合簡単に絶望してしまう。大人と同じように、子供だって絶望しちゃうんだ。そんな場面で、幾ら、いま我慢してれば明るい未来が待ってるとか、夢や希望だけは捨てちゃいけないって言っても、彼らは耳を傾けてはくれない」 (p254-255)

「自分が好きだってことなんだよ。他の誰でもない、とにかく自分自身が大好きで、超愛してるって思えることだよ。自分が大事で大事でたまら ないって思えれば、その子供は絶対に死なない。それはそうだろう。世界で一番大事なものを失いたいって思う人間はいないからね。だからね、僕は、どんなこ とがあっても子供たちが自分のことを嫌いにならないように、すごくすごく好きでいられるようにしてあげたいんだ。そのためにどうすればいいか、そればっかり毎日考えてる。」(p255)


もしこの先、 本気で生きるのが嫌になったとしても、この台詞を思い出せば
なんとか生き延びられるんじゃないかって、そんな気がする。
現状が劇的に好転することはなくても、息がしやすくなるんじゃないか。

この世に、“正論”を、生きるということを肯定してくれる人がいるという、
それを知っているだけでも、何かが大きく違うんじゃないか。

読書は人を生かす。






妻が椎茸だったころ


オレゴンの片田舎で出会った老婦人が、禁断の愛を語る「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」。暮らしている部屋まで知っている彼に、恋人が出 来た。ほろ苦い思いを描いた「ラフレシアナ」。先に逝った妻がレシピ帳に残した言葉が、夫婦の記憶の扉を開く「妻が椎茸だったころ」。卒業旅行で訪れた温 泉宿で出会った奇妙な男「蔵篠猿宿パラサイト」。一人暮らしで亡くなった伯母の家を訪ねてきた、甥みたいだという男が語る意外な話「ハクビシンを飼う」。
5つの短篇を収録した作品集。第42回泉鏡花賞受賞! 


「日本タイトルだけ大賞」ってご存知ですか。
2011年からやってるらしいんだけど、わたしはこの前初めて知った。

各年のノミネート作を見てるだけでけっこう楽しい。
個人的には、2011年にノミネートされてる「命とひきかえにゴルフがうまくなる法」とか、グっとくるな~( ˘ω˘ )




いや、そんで、2013年の大賞受賞作がこの『妻が椎茸だったころ』でね。
オイオイ直木賞作家に対してずいぶんなアレだな、と思ったので
初めて中島さんを読んでみたのですが。(ここまで余談)


『小さいおうち』のイメージしかなかったので、
しょっぱなから「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」
のラストでまずファッ!?Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)ってなった。


なんだこれは。
こういう話を書くひとだったのか。


収録の5編のうち、やっぱり表題作の「妻が椎茸だったころ」が一番面白かったし好きだ。

料理をしているひとならなんとなくわかるだろう、この感覚。
わたしはさすがにじゅんさいだったころは(まだ)ない。