絲山秋子 『忘れられたワルツ』

忘れられたワルツ

地震計を見つめる旧友と過ごす、海辺の静かな一夜(「強震モニタ走馬燈」)、豪雪のハイウェイで出会った、オーロラを運ぶ女(「葬式とオーロラ」)、空に音符を投げる預言者が奏でる、未来のメロディー(「ニイタカヤマノボレ」)、母の間男を追って、ピアノ部屋から飛び出した姉の行方(「忘れられたワルツ」)、女装する老人と、彼を見下ろす神様の人知れぬ懊悩(「神と増田喜十郎」)他二篇。「今」を描き出す想像力の最先端七篇。

絲山秋子 『忘れられたワルツ』読了。
(第4回Twitter文学賞 国内編第8位)



よく吠える犬は頭が悪そうだ。


勇敢なのではなくて臆病なだけだとみんな薄々察している。

無責任に煽るひとも、訳知り顔で正論を吐くひとも、
脊髄反射みたいにリツイートするひとも、みんな嘘つきか偽善者か馬鹿に見えた。
愚かなやつだと思われたくなくて、しばらく口をつぐんだ。

東に比べて、西は不自然なほどの日常が続いていた。
これは思考の停止じゃないのです、黙考なのです、
わたしは頭の悪い、しつけのなってない犬ではないから無駄吠えはしないのです、
誰ともなしに言い訳をして、素知らぬ顔で日常に戻った。

人間は、そう嘆き続けてはいられない生き物だ。
言い訳ならいくらでも出来る。正論は人を追い詰める。

でも、沈黙が「正しい」ことなんかではないと、本当はわかっている。



 私は友達に違和感を覚えた。家族にも違和感を覚えた。テレビにも政治家にも違和感を覚えた。でもそのうち強い気持ちは薄まってできることだけをすればいいと思うようになった。それが正しくないことも勉強不足なこともわかっている。でもどこに、ひとがふつうに生きていくことについて正しく話せる人がいるというのか。 (「恋愛雑用論」p32)

「でもね、もし今大きいのが来たら、いっちゃんがここに来たことだって全部意味変わるんですよ。今日じゃなくても、明日でも、明後日でも、全部意味って変わります」
「うん。それはわかる。結構ニュースとかでも言ってるよね、また大きいのが来るかもって」
「だからね、毎日が震災前なんですよ」
「そんなに地震のことばっかり考えててやんならない?ふつうだったら、もうしばらく忘れてたいよ」
「もうふつうなんてなくなっちゃったんです。いっちゃんと一緒に学校行ってたときのふつうと今のふつう、違うでしょ。ふつうがあったのはせいぜい十年くらい前じゃないですか。今現在、五年後のふつうなんて想像できます?できないでしょ」 (「強震モニタ走馬燈」p51)

「預言をやめてください。預言なんかもう全部やめてください」
「そういうわけにはいかないね」
「これ以上、いやなことを起こさないでください」
「あんただったらどうする?」
「黙ってます」
「ああ、それは頭がいいんだね。頭のいい人はみんな黙るんですよ」

(中略)

それは攻撃を指示した言葉だった。戦争を起こすための暗号だった。
かまわない。
戦争ならもうとっくに始まっている、そして終わらない。
(「ニイタカヤマノボレ」p102-103)


感想も、批評も、無意味だ。
みしりみしりと音がするほど揺さぶられる。
ただそれだけだ。

0 コメント:

コメントを投稿