新・ちくま文学の森 『ごちそう帳』

ごちそう帳 (新・ちくま文学の森)


ビスケットには固さと、軽さと、適度の薄さが、絶対に必要であって、また、噛むとかっちり固いくせに脆く、細かな、雲母状の粉が散って、胸や膝に滾れるようでなくてはならない。そうして、味は、上等の粉の味の中に、牛乳(ミルク)と牛酪(バタ)の香いが仄かに漂わなくてはいけない。 (中略) この条件の中のどれ一つ欠けていても、言語道断であって、ビスケットと言われる資格はない。           森茉莉「ビスケット」

ゆふぐれし机のまへにひとり居りて鰻を食ふは楽しかりけり    齋藤茂吉

一風呂浴びて茶の間に入ると晩酌の用意が出来ていて、焼けました、と云って妻が鉢に盛って来たのは、ほこほこ湯気の立つ玉版和尚である。付け汁は二杯酢に胡麻油を混ぜ用いた。なるほどこれは旨い。甘味が有って筍とは思われぬほどである。香もさぞかしと思えど鼻の聞こえぬ悲しさ。妻に試みさせてみると、香ばしいと云う。大いに喜び度々これを作らせて賞味したが、酒の肴とし筍の調理法はこれ以上のものは有るまいと思われた。      青木正児 「焼筍」

 しかしながら、メリタルト君は、彼の芸術を抒情主義(リリスム)の域にまで高揚しようと欲した。一夕、俺達に供したものは、伊太利蕎麦(ヴェルミセル)の入ったポタアジュに、半熟の茹卵、金蓮花(カピュシイス)の混ったレチュのサラダ、それに瑞西風チーズ。俺達は、こいつはセンチメンタルな詩だぞ、と宣告した。メリタルト君は、口惜しがって、純抒情体(オオド)の調子にまでそのうちい高踏させるぞと断言した。本当だった。それから一月後の御馳走は、鴨、羊、豚の皮を、豆と煮込んだカッスウレで、これによって彼の芸術は、ついに崇高の境に到達した。彼は、ブイヤベエスを用いて、叙事詩さえも試みた。その地中海特有の味は、俺達に、ただちに、ホメロスの詩を思い起させた。          ギョーム・アポリネール「友人メリタルト」


鶴見俊輔 ほか 編 『ごちそう帳』 読了。

作家ってどうしてこう食うのが好きなの???

我らが百閒先生をはじめ、井伏鱒二、幸田文、スタインベック、ブリア=サヴァラン。
古今東西の「ごちそう」にまつわるエッセイ・物語・落語・詩など28編を収録したアンソロジー。

作家って、美食家多いですよね。
そんでさ、文書いて生活してる食いしん坊さんが食べ物の描写するんだぜ。

もうね、凶器。

わたしのように食い意地張った人間にとっては命がけですよ、読むの。
ポタアジュの理想は、一匙口に入れるごとに、何かこう太陽が喉から食堂を伝って胃に流れ込むようでなければならない。     吉田健一 「饗宴」

特にこのね、吉田健一の、このポタージュの表現ね、優勝。
今まで見たスープの描写の中で圧倒的に優勝です。

太陽が!喉から!!食道を!!!伝って!!!!

天才か。



それと、わたし国文学科卒のくせに矢田津世子というひとを初めて知りましたが、
夫に先立たれた未亡人が姑と二人で郷里に引き上げる前日に
夫の好きだった茶粥を炊く短編『茶粥の記』が、
なんともいえない味があってとても良かったです。

あ、青空文庫にあがってますね。おすすめ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000317/card47443.html


まあどれもこれも面白かったんですが、
イギリスの随筆家チャールズ・ラムの「焼豚論」が
群を抜いてどうかしてました。
(褒めてます)


2 件のコメント:

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    作家さんの書くゴチソウの話って、夜中なんかに読むとホントにヤバイですよね。
    僕は開高建さんの文章でよくやられてます(笑)。
    吉田健一さんの文、良いですねー。天才だ。
    “何かこう”ってのがまた可愛らしくて素敵ですね!
    にしても、チャールズ・ラムの「焼豚論」、気になります。
    これは読まねば。

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  2. SECRET: 0
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    読んでる最中、何度も文章に負けてオヤツを食べました(⊃д⊂)
    いろいろ美味そうなものは出てきたんですが、このポタージュの一文は本当に秀逸だと思いました。わたし絶対に思いつかないですもん・・・・。
    「焼豚論」はなんちゅーかこう、ケレン味たっぷりで、たくさん本読んでる人ほどニヤリとしちゃうタイプの玄人向けですw是非ww

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