ケネス・ウォーカー 『箱舟の航海日誌』

箱舟の航海日誌 (光文社古典新訳文庫)


「あなたと家族とはみな箱舟にはいりなさい。あなたがこの時代の人々の中で、わたしの前に正しい人であるとわたしは認めたからである。あなたはすべての清い獣の中から雄と雌とを七つずつ取り、清くない獣の中から雄と雌とを二つずつ取り、また空の鳥の中から雄と雌とを七つずつ取って、その種類が全地のおもてに生き残るようにしなさい。七日の後、わたしは四十日四十夜、地に雨を降らせて、わたしの造ったすべての生き物を、地のおもてからぬぐい去ります」
-創世記第6章-

ケネス・ウォーカー 『箱舟の航海日誌』読了。

わたしが最初にノアの箱舟のエピソードに触れたのっていつだったかなあ。
小学校4-5年になる頃には、地元の市立図書館の児童室の本は
端から端まで読み尽くしてしまって、
恐る恐る2階の、大人だらけの一般書コーナーを覗いていたりしたから、
きっとそれまでには子供向けの聖書の本も読んだと思う。
(今でもよく覚えているけど、一般書コーナーで初めて借りた本は
稲垣足穂の『一千一秒物語』だった。これだから文学少女気取りは・・・)

創世記に限らず、“普通の読み物”として読むと聖書にはツッコミどころが多い。
多い、というかツッコむところしかない。
大体まあ、なんていうか、女性は家畜みたいな扱いだよね\(^o^)/

さて、ノアの箱舟の話を読んで、
大変理屈っぽい子供だったわたしは思いっきりツッコんだ。

「肉食獣と草食動物を一緒に乗せたらまずいじゃん!」( º言º; )

檻に入れられていた、ということも考えられなくなかったけど、
子供心に、この(聖書)時代に、鉄製の檻はなかったんじゃないかと思ったのだ。
(ひょっとしたら読んだ本に挿絵があって、
 肉食草食が剥き出しでごっちゃになってる絵を見たのかも)

さあ、そういう理屈っぽいお子様&紳士淑女の方に朗報です。

洪水が起こる前は、トラやライオンやワニは、
草や果物以外は食べなかったのだ!!!!!


なるほどね。
子供のわたしにこのウォーカー氏の説を聞かせてやりたい。

動物たちもこの世界とおなじで、みんな無垢で、気立ても性格もよく、果物や草以外のものを食べるという発想すら浮かばなかったのだ。大きなトラでさえ、木々のあいだに横たわり、まわりに落ちている果物をむしゃむしゃ食べて満ちたりていた。
(中略)
 この土地に住む動物たちは仲がよく、しあわせに暮らしていた。野原で跳ねまわり、暑い昼さがりは木陰でまどろむ。川辺でワニがメロンにかじりつく音だけが、生き物がいる証だった。   (p11-12)

大地に生きとし生ける者たちは全て無垢で善良で、神の恵みである果実を
食べて満足していたと。みんな仲良しでしたと。
じゃあ、なぜ洪水を起こす必要があったのさ、という疑問が出てくるけど
神がリセットしたかったのは人間だけだった、それゆえ
箱舟に動物を乗せて絶滅を防いだと考えれば辻褄は合う。

ちなみに、このウォーカー版ノアの箱舟には神不在です。
ノアだけが洪水を起こることを知っていて、(予知か神託かも描かれていない)
息子たちとせっせと箱舟を作り、動物たちを乗せていく。

箱舟の中で、動物たちが何を食べていたかというと、
まさかのオートミール!!!(トウミツがけ)
なんか妙にリアルというか俗っぽくて、ちょっと笑ってしまったww

善良な動物たちは、来る日も来る日もオートミールを食べ、
雨が降り続く外を不安げに眺め、ストレスによる小さな諍いを起こしたりするものの、
まあまあ平和に箱舟の中で暮らしていた。

しかし箱舟の中には、異端の存在―――――
スカブという名の、邪悪なる獣がひっそりと紛れ込んでいたのだ。

この得体の知れない獣の正体が何なのかは、はっきりと書かれていない。
そこが、怖い。

聖書において、“唆す者、邪悪な獣”といえば蛇だ。
しかしスカブの描写は明らかに蛇とは異なる。
どんな形状であれ、それが悪魔(サタン)の化身であるという
おなじみの解釈がなされていれば、読み手は納得するが、そうではない。

スカブも、かつては他の獣と同じ、善良で無垢な生き物だった。
スカブを邪悪に変えたのは、“不幸な事故”だ。
誰にでも起こり得る、不幸な事故によって
[ネタバレ]肉食という[ネタバレ終わり]禁断の罪の味を
覚えてしまったスカブは、もう以前の無垢な獣ではなくなった。

いつ止むともしれない雨の中、箱舟の中に閉じ込められた動物たちは
不安や苛立ちを募らせていく。
そこへ、スカブはひっそりと巧妙に、だが着実に
箱舟の中に“言葉”という毒をまき散らしていく。
ノアでさえ気づいた時にはすでに遅かった。

水が引き、大地に戻った獣たちは、もう洪水以前の獣たちではない。
シカ、ガゼル、ヤギ、ヒツジたちは不安げに寄り添い、
群れをなして平原を進む。
そして、藪の中をそろそろと這いながらそれを見つめるトラ。

かつてひとつの家族のように仲良く暮らしていた日々は二度と戻らない。



うん。なかなかおもしろかった。
このレーベルは以前に誤訳論争でえらいことになってましたが、
そもそも原著を知らないし読めないので、訳のクオリティはわからんとです。
松本圭以子さんの挿絵がとてもユーモラスでかわいい。



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