憂鬱たち

金原ひとみ「憂鬱たち」読了。

ありとあらゆる憂鬱たちが、彼女をフルボッコしにやってくる。
「憂鬱」に愛された女、カンダユウのエキセントリックな妄想デイズ。

大まかな筋としては、3年ぶりに激しい鬱に見舞われた主人公が
今日こそは病院(心療内科)に行くぞ、と決心して家を出るも、
数々の「憂鬱たち」の邪魔が入り、結局全然別の行為をしてしまう、
というただそれだけの話。

邪魔といっても、実際に彼女の行動を制限する何かが起こるわけではなく
彼女の鬱から来る妄想が全て。

他人に自分の思考が漏れている、というような、普通ならありえない
(と判断される)事象も、彼女の中では整合性が取れていたりして
やたらとディティールが細かい描写と相まって
次第に何が現実でどこからが彼女の妄想なのかがよくわからなくなってくる。

読んでいるほうも軽い酩酊状態になります。
彼女の妄想というのが、シュールな中にどこか喜劇っぽいとこがあって
最終章で彼女自身も
しかし私は憂鬱な世界に生を受けた事をきっと心のどこかで受け入れている。憂鬱は快感だ。憂鬱は始まりだ。 (p214)

と、どこか諦め半分に憂鬱たちを愛おしんでいる。

読み始めてすぐ、「あぁこれは救済の話じゃないな」
と思ったんで、とりあえず彼女の妄想にそのまま乗っかって
軽い酩酊感を楽しみました。
あんまりごちゃごちゃ考えて読むのには向いてないと思う。


それにしても「神田憂(カンダユウ)」っていう
想像力の膨らむネーミングセンスが秀逸。
はっきりした年齢や容姿の描写がないので
(おそらく二十代~三十代くらいの女性だとはわかるんですが)
自分の好みのビジュアルをあてはめて読むと楽しさ割増し。

黒木メイサみたいなミステリアス系美女で想像するもよし、
逆に、長谷川潤みたいな健康的美女が病んでるのを
想像するのもオイシイ(*´pq`*)


しずくの首飾り (岩波ものがたりの本)


イギリスの児童文学作家ジョーン・エイキンの「しずくの首飾り」
この挿絵に「ああっ!?」と思った人は、きっとわたしと同世代(*´pq`*)
これ、小学校の国語の教科書(光村図書)に載ってた「三人の旅人たち」という
お話の挿絵なんですよね。

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ちょっと検索してみると「教科書に載ってた3人の駅員さんが出てくる話は?」
という質問&解答がかなり引っかかるので、
おそらく印象に残っている人も多いのではないかと!

「たぬきの糸車」「つり橋わたれ」「わらぐつの中の神様」とか
教科書に載ってて好きだった話はいくつかあるんですが
一番印象に残ってるのはダントツでこれですね。
ヤン・ピアンコフスキー(Jan pienkowski)の影絵のような
挿絵を含めて、もう好きで好きで!

客の降りることのない、さばくの真ん中の駅ではたらく
3人の駅員さんが休暇を取って、それぞれ行きたい場所に行く
「三人の旅人たち」の他、全部で8話の短編集。
どれもわくわくして面白かったんだけど、
「空のかけらをいれてやいたパイ」(空飛ぶアップルパイ!)
「魔法のかけぶとん」(ラクダがめちゃくちゃかわいいwww)
が特に好きだなー。



きなりの雲


今年の読書始め。石田千「きなりの雲」

「月と菓子パン」以来、この人の言葉づかいと物事を見る目線に
惚れてしまって、エッセイは全部読んでます。
が、好きな作家さんだけに小説を読んでみて、
もしがっかりしたら立ち直れない、と思って
(憧れの人がイメチェンしたらすごくダサくて醒めちゃった、みたいな・・・)
小説のほうは手を出しあぐねてました。ビビりな自分を殴りたい!

もうーーーすごく良かったあああ!
年が明けて最初の読書が大金星だとなんか幸先いいよね。
正直、万人受けするかどうかは微妙だと思うんですが、
(芥川賞の候補になったけど、受賞し損ねたのはなんか納得しちゃう・・)
わたしはめちゃくちゃ沁みました。


おそらくこれは、「再生」の物語なんだろうと。
物語は、主人公のさみ子が失恋して、
心身を壊すほどダメージを受けているところから始まる。

このたびふられるまで、恋愛で公私をわけられなくなるようなひとには、遠巻きに接していた。この年にしてこんなことになるとは、予想できなかった。いっさいを持っていかれたようになってみてはじめて、世間の深さ広さを思い知った。そうして、それまでのわけしり顔でいた日々が、つくづくいやになってしまった。 (p17)

もう最初のここでね、ガツンと来た。
「たかが恋愛」だと。かつてはさみ子もそういうタイプだったんでしょう。
それが、40歳にしてそれまでの自分の価値観が根こそぎ揺らぐみたいな
そういう恋愛をして、そしてなくしてしまった。

体が悲鳴を上げ、ようやく病院を受診する段になって
さみ子は「これじゃいけない」と思うんですが、
この踏ん切りのつけ方がまた普通じゃない。

あばらの浮いた裸を白衣のふたりにさらし、うつむきながら、ここまでと悟った。もういいじゃないかとからだに諭され、ようやく足のうらが、床とじぶんの湿度を感じる。
未練にこれからさきの命を賭けるかときかれれば、やはりうなずけなかった。 (p18)

恋は、ふたりのものだった。ふられてからさきは、ひとりきりのことだった。
ここまでしか身がもたないというのは、わずかな記憶を宝ものに、思いつづけることもできない。けっきょく、そのていどの愛情ということだった。からだを痛めつけたのも、手ばなせなくしたのも、だれのせいでもなかった。納得できずに、じぶんにやつあたりをした。耳をふさぎ、やみくもに力をいれていた。 (p19)


失恋して「ひとりきり」を受け容れるのは誰しも辛いことでしょうが、
さみ子は全部自分で引き受けてるんですよね。
実は、かなり相手の勝手な都合での別れ話だったんですが、さみ子は
その恋愛を振り返って、ふられたのも結局自分のせいだったと考える。

うーむ。「いっさいを持っていかれ」たようになる恋愛を失った後で
こんな冷静になれる女性がいるだろうか・・・。
半年間抜け殻のようになって、体を壊したからこそ到達した境地なのか
40歳という年齢のせいなのか、単にさみ子の性質なのかはわかりませんが。

(“万人受けしないのではないか”と思ったのも、このあたりの
主人公の思考が、合わない人には不自然に感じてしまったり、
場合によっては苦痛に感じるのではないかという気がするので)

ようやくさみ子は、きちんと食事を摂るようになり、
仕事である編み物教室の講師に復帰し、古いアパートの屋上で
植物を育てたりして、慎ましやかな「日常」を取り戻していくのですが
この、彼女がゆっくりと「再生」していく過程がとても好きです。

アパートの住人や、編み物教室の生徒である小学生の女の子とか
恩人である、元いた会社の先輩だとか、
そういう周囲の人々のさりげない優しさと、
その優しさを受け取った時のさみ子の思いがじんわりと沁みます。

なんかなー、さみ子さんて「嬉しい」とか「楽しい」が非常に
ローテンションというか、自分の中で完結しちゃってるというか。
(これはエッセイ読んでても思うので著者がそういうタイプなのか)

主人公主観なんだけど、主人公がそういうタイプなもので
「感動」とか「最高!!」とか、そういうパッションの強い感想は
抱きにくいんだけど、その温度の低さが逆に心地よくて、
読み終わるのが惜しくてわざとゆっくりゆっくり読んでいました。

体調はよくなかったけど、正月で時間はあったので
心に余裕があった状態で読んだのも良かったのかな。





余談ですが、Amazonのレビューにあまりにも的外れなものがあり
読解力&想像力のない大人の言葉の暴力に恐れおののきました。
ネットのレビューとかクチコミって今や購買を大きく左右する要因に
なってますが、こういう事例みるとホント怖いなと思う・・・。


聞耳の森


クリスマスに買いました。
彫刻家・土屋仁応(つちや よしまさ)さんの作品集「聞耳の森」です。

こちらあみ子こちらあみ子
(2011/01/10)
今村 夏子

商品詳細を見る


2年前「こちらあみ子」の装丁を見た時に「こ・・これは!?」と思って
もうこの表紙のうつくしい獣に一目惚れしてしまって
そこで土屋仁応さんという彫刻家を知ったんでした。

東京や神奈川の美術館・ギャラリーでは時々個展をしているんだけど
関西のほうでは予定がなく、観に行く機会がないなぁとしょんぼりしてたので
作品集出てほんとに嬉しかった(*´ェ`*)

「こちらあみ子」の表紙の彫刻「麒麟」をはじめ、
30点ほどの作品が収録されてます。

もうーほんとにため息しか出ないよ!
材質はどれも樟か檜となってるんだけど、木から
これが生まれるの!?ほんとに!?と半信半疑です。

巻末の解説と略歴を読むと、この方東京藝術大学の彫刻科を出た後で
仏像の修復などを行う文化財保存学の博士号を取られてるんですが
それを見てなんとなく、そういえば動物の表情が
菩薩とかそういう柔和な仏像の雰囲気を連想させるなぁと思いました。
(あくまでわたしの印象!です!)

彫刻とか別に詳しいわけでもなく、そもそも芸術とかよくわからんのですが
この人の彫刻はほんとにうつくしくて好きです!
うう、語彙力のなさがうらめしい・・・・(。´Д⊂)

写真でこれだけうっとり出来るんだから、実際に目にしたら大変だなあ。
今年は関西のほうでも作品展をやってくれないだろうか。
絶対に観に行く!!!


土屋仁応 Website
http://www.yoshimasa-tsuchiya.net/

オフィシャルサイトで、作品の他に制作過程なんかも見れます。